技術資料

差動配線のスリットまたぎに起因するノイズ

1.はじめに

近年、PCI ExpressやシリアルATAなどのGHz級の高速差動信号が汎用的に用いられるようになってきた。プリント基板における差動信号用の伝送路は +/-を一対とする結合2線で、かつべたプレーンをリファレンスプレーンとすることが多い。このべたプレーンは連続していることが信号品質とEMCの観点で理想的だが、実際にはボード動作に必要な電源種類の増加にともない、べたプレーンにスリットが生じ、これに差動配線が交差することがある。

スリットと交差する部分で差動配線の特性インピーダンスは増加する。前回、差動配線内の結合が強いほどスリットまたぎ部分における差動インピーダンスの増加量は小さいこと、およびこの差動インピーダンスの増加量からスリットまたぎのある差動配線全体としての伝送損失が見積れることを示した 1 )。しかし、伝送損失の増加量は電子機器の誤動作に直接の原因になるほど大きくはなく、ノイズによる誤動作の方が危惧される。

今回、差動配線のスリットまたぎに起因するノイズの発生に着目し、スリットを有するべたプレーンの近傍磁界強度を実測した結果を報告する。そして、スリットを有するべたプレーン上のノイズを定量的に表現することを試みる。

2.実験

図1は作成した4層プリント基板の模式図である。

図1 テスト基板の模式図

図1 テスト基板の模式図

 

第1層の差動配線は長さ300mm、絶縁層厚み0.12mmの一般FR-4材を用いたマイクロストリップである。この特性インピーダンスは、差動インピーダンス(Zdiff)100Ω設定は共通条件として、コモンモード・インピーダンス(Zcom)を設計値で25、30、40Ωの3種類とした。第2層のリファレンスプレーンは、差動配線両端に配置したSMAコネクタのGND端子と接続している。この基板長手方向中央に1,3,5mm幅のスリットを設けた。比較のため、リファレンスプレーンにスリットのない基板も作成した。表1はテスト基板の一覧である。

 

表1 作成したテスト基板の一覧

 

No スリット幅 [mm] Zcom [Ω]
1 0 (スリット無し) 30
2 1 30
3 3 25
4 3 30
5 3 40
6 5 30

 

これら6種類の基板について、差動配線の一方から、1GHzまでほぼ一様な強度を持つ差動信号を入力し、他方に50Ω抵抗器を取り付けた状態で、基板全体の30M~1GHzの近傍磁界強度を測定した。プローブ高さは基板表面から0.1mmとした。またリファレンスプレーンにスリットのない基板については、入力する差動信号の+/-に位相差を設けたときの近傍磁界強度も測定した。

3.結果

図2は、Zcom 30Ω、スリット幅3mm(表1のNo.4基板)の場合の800MHzにおける近傍磁界強度の分布図である。

図2 近傍磁界強度の測定結果(表1のNo.4)

図2 近傍磁界強度の測定結果(表1のNo.4)

 

べたプレーン上の磁界分布は、800MHzにて基板長手方向で波状となり、スリット近傍で最大磁界強度 56dBμVが観測された。一方、べたプレーンにスリットがない場合、波状の磁界分布は見られず、べたプレーン上の磁界強度の最大値は45dBμVであった。以上の結果は、差動配線を伝播する信号のリターン電流の一部がべたプレーンを流れており、べたプレーンのスリットがノイズ源になることを示している。図3は、表1のNo.4基板について、スリットで分断されたべたプレーン同士をコンデンサ(0.1μF)で接続したときの近傍磁界強度の測定結果(800MHz)であり、波状の磁界分布はなく、べたプレーン上の最大磁界強度は47dBμVに低下したことから、差動配線のリファレンスプレーンのリターン電流経路の確保がノイズ抑制に重要なことが確認できたと考えている。

図3 スリット分断プレーン間にコンデンサ挿入

図3 スリット分断プレーン間にコンデンサ挿入

 

次に、差動配線のZcomを変化させたときの図2図示地点の近傍磁界強度を図4に示す。

図4 差動配線のZcomとプレーン上の磁界強度

図4 差動配線のZcomとプレーン上の磁界強度

Zcomの増加(換言すれば、差動配線内の結合の増加)にともない、べたプレーン上の磁界強度が低下することが分かる。一方、図5はZcom 32.4Ωの差動配線について、スリット幅を変化させたときのべたプレーン上の磁界強度を測定した結果であり、スリット幅にはほとんど依存していない。

図5 スリット幅とプレーン上の磁界強度

図5 スリット幅とプレーン上の磁界強度

4.考察

差動配線のスリットまたぎによって発生する電磁界の量をすべてコモンモードによる量として定量化することを考えた。そのために差動配線への逆相給電の一方に位相遅れを生じさせてコモンモードを発生させ、この位相遅れ量がスリットまたぎにより発生する電磁界の量と等価であるとして評価した。具体的に、図6は、べたプレーンにスリットの無い基板(表1のNo.1基板)を用いて、差動2線へ入力する信号のタイミングをずらしたときのべたプレーン上(図2図示地点)の磁界強度である。

図6 差動信号の位相遅れとプレーン上の磁界強度

図6 差動信号の位相遅れとプレーン上の磁界強度

位相遅れにともない、べたプレーン上の磁界強度が増加する事がわかる。そして、べたプレーン上の磁界強度を基準に差動配線のZcomを位相遅れ量として表したものが図7である。

図7 差動配線の Zcom と差動信号の位相遅れ

図7 差動配線の Zcom と差動信号の位相遅れ

たとえばZcom 32.4Ωの差動配線のスリットまたぎによってべたプレーン上に生じる1GHzの近傍磁界強度は、差動配線内の25°の位相差によって生じるノイズと等価となる。

5.まとめ

差動配線がリファレンスプレーン上のスリットをまたぐことは、ノイズ源となることを近傍磁界強度測定で示した。そして、差動配線のスリットまたぎによってべたプレーン上に生じるノイズを、スリットまたぎのない差動配線における差動配線内の位相差として表現した。

 

参考文献

1) 高橋一平,他:“高速差動信号におけるプリント配線板リファレンス面の影響”, 第20回エレクトロニクス実装学術講演大会論文集,pp.31~32,2006

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